アラサー女のノンセクブログ

非性愛のアラサー女です。

自己愛マザーと私

 

大変ご無沙汰しております。

実は最近、歳を重ねていくにつれて、

自身のセクシャリティーについてで、

悩む事もほとんど無くなりました。

(悩まなくなった経緯・背景もいつか、

ブログに投稿できればと思います。)

 

これからはちょっと違う方向性のネタで、

人生・人格・障害、生きること全般について、

少しずつブログを更新していこうと思います。

興味があれば、ご覧いただければ幸いです。

 

今回は、自己愛マザーと私についてです。

 

《自己愛》とは、

簡単に言えば、自分を愛すること。

 

自己愛には《健全な自己愛》と、

《不健全な自己愛》の2つある。

 

《健全な自己愛》を持つ人間は、

ありのままの自分を愛することができる。

 

《不健全な自己愛》を持つ人間は、

ありのままの自分を愛することができない。

 

今回は、この《不健全な自己愛》を持つ、

私の母親、自己愛マザーについて語りたい。

 

私の母親は、ありのままの自分を、

等身大の自分、を愛することはできなかった。

 

なぜ、私の母親は《不健全な自己愛》を

持つ人間になってしまったのだろうか?

 

それは母親自身が生後から幼児期の頃に、

養育者(母方の祖母)との愛着形成が

うまくいかなかったからだろう…。

※愛着形成(アタッチメント)とは、

養育者との間で築く情緒的なきづなのこと

 

愛着障害になる原因は、

離別・死別、虐待・ネグレクト、

過保護・過干渉など、様々である。

(不安定で、安心感の無い養育環境下)

 

多分私の母親は、虐待を受けて、

育ってきたのだろう…と思う。

なぜなら、私自身も母親から、

日常的な虐待を受けていたからだ。

 

虐待は、連鎖してしまうことがある。

母親は、自分が育てられたように、

無意識に子どもを育ててしまう。

自分が、母親にされてきたように、

無意識に虐待をしてしまう。

 

養育者(母方の祖母)から虐待を受けて育ち、

愛着関係がうまく築けなかった私の母親は、

ありのままの自分を親から愛してもらえず、

その結果、ありのままの自分を自分自身も

愛することができなかったのだろう。

 

その経験が《不健全な自己愛》を持つ

自己愛マザーへつながっていったのだろう。

 

ありのままの自分を愛せない自己愛マザーは、

周りの人間から、

枯渇している愛を得て、埋めようと努力する。

周りの人間を使って、

足りていない愛を得て、埋めようと努力する。

 

自分自身で、ありのままの等身大の自分を

愛してみようとする努力は全くしないで…。

 

《不健全な自己愛》を持つ自己愛マザーは、

1番身近な子供を使って愛を得ようとする。

 

高卒の自分自身を愛せないから、

子どもの最終学歴に執着し、

有名大学への入学・卒業を強要し、

周りからの賞賛を得ようとする。

 

専業主婦の自分を愛せないから、

子どもの将来の就職先に執着し、

有名な一流企業への就職を強要し、

周りからの賞賛を得ようとする。

 

貧困家庭だった自分を愛せないから、

子どもとその結婚相手の稼ぎに執着し、

年収はいくら以上の金銭的条件を強要し、

周りからの賞賛を得ようとする。

 

全ては子どものためではなく、

全ては自分自身のために…。

 

子どもが有名大学に入り、

有名な一流企業に就職し、

高収入の夫を見つけて、結婚したら、

周りから子ども自身は勿論賞賛されて、

その子どもを育てた母親も賞賛される。

 

そうすれば、ありのままの等身大の自分は、

愛せなくても、自分の子どもを利用して、

間接的に自分の不足した愛を補えるのだ。

 

親の敗北感・不全感を子どもでリベンジする。

自己愛マザーにとって、子どもはただの道具。

親の自己実現のために常に搾取される存在。

 

そんな自己愛マザーに搾取された、

子どもはどうなってしまうだろうか。

自分のための、大切な自分の人生を、

全く歩めなくなってしまうのだ。

自己愛マザーの身代わり、生け贄となって。

 

 

自己愛マザーへ

 

ありのままの、等身大の自分自身を、

愛する努力をまずははじめてください。

 

ありのままの等身大の自分を愛せないなら、

他人や子どもではなく、あなた自分自身で、

愛せなかった部分や足りなかった部分を、

埋めていけるように努力をしてください。

 

         あなたの子どもだった私