アラサー女のノンセクブログ

非性愛のアラサー女です。

自己愛マザーにとっての子育てとは?

 

自己愛マザーにとって、

子育ては《地獄》。

自己愛マザーの子どもに

とっても《地獄》。

 

自己愛マザーは、大人になっても、

自分が他者から沢山愛されたい、

自分が他者から褒めてもらいたい、

自分が他者から認めてもらいたい、

と未だに願っている。

 

しかし自己愛マザーの子どもは、

僕は親から沢山愛されたい、

僕は親から褒めてもらいたい、

僕は親から認めてもらいたい、

と当たり前の欲求を抱えている。

 

どちらもwant-wantで、欲しがる同士の関係。

与える側の立場の人間がそこには存在しない。

自己愛マザーもその子どもも、

常に欲求不満、愛情に飢えた砂漠地帯。

 

 

自己愛マザーは、

《無償の愛》を子ども与える事が出来ない。

want側の人間だから見返りを常に求める。

返済不要の奨学金ではなく、

返済必要且つ利子が付く奨学金に近い。

 

これだけ私がやってあげてるんだから、

これ位の見返りがあるはずだと期待して、

子どものwantに仕方なく応じるのだ。

 

 

子どもに将来返済可能な能力が見込めれば、

自己愛マザーは子どものwantに応じ続ける。

将来の返済の見込みが大きければ大きいほど、

子どものwantに応じる頻度も増えていく。

 

しかし、子どもに返済可能な能力が将来的に

見込めない…となると、自己愛マザーは、

その子どもを見限り、wantには応じなくなる。

見込みのある子どものwantに絞り、応じる。

 

お金の返済能力の無い人間には、

お金を貸さない銀行のように、

返す見込みが無いなら貸さない。

子どもを見定めて、切り捨てる。

 

なぜなら、自己愛マザーには、

《無償の愛》という単語自体が、

その人の辞書の中には無いからだ。

 

 

自己愛マザーの子ども達は、

生まれてから《有償の愛》を受け取り続ける。

はじめはそれが《無償の愛》ではなく、

まさかの《有償の愛》だと気づかずに…。

 

《無償の愛》が実は《有償の愛》だと、

気づいた頃には、15〜20年の利子付きの

莫大な奨学金の返済が待ち構えている。

 

自己愛マザーに「今までの僕への愛は、

《無償の愛》だよね?」と尋ねても、

「ここまで誰が育てたと思っているんだ!」

「今までお前を育ててやった親に対して、

 感謝の気持ちのかけらもないのか!」

などと子ども達を非難し始めるだろう。

 

自分に対してメリットがなく、

見返りが無い要求には応じない。

例えその相手が自己愛マザーの

子ども達であったとしても…。

 

自己愛マザーからの《有償の愛》に

気づいたら、夜逃げレベルで、

逃げ出す位の強い決意と覚悟をもって、

貸し借りの関係から早く脱する必要がある。

 

そもそも親からの愛に、返済義務は無い。

give&giveのみ、give&takeの関係は無い。

その《有償の愛》は、偽りの欺瞞的な愛だ。