小学校に上がっても「小学校時代の自分」は「他の普通の人」とは少し違った所がありました。
それは、小学校4〜6年生頃に起きる女性特有の体の変化に対する違和感です。
今思えば当たり前の当然の変化なのですが、だんだん胸が出てきて、アンダーヘアーも生えてきて、初経も始まりました。
周りの普通の女の子の同級生は、割とその変化を誇らしげに、嬉しそうに話していました。
胸が大きい子は自慢したりしてましたし、可愛いブラジャーを買って体育の着替えの時間にお互いに見せあったりしてました。
しかし私は、体の変化にかなり戸惑いました。膨らんできた胸を隠すように背中が猫背になったり、スポブラみたいなブラジャーをつけるのでさえ躊躇ったり、毎日悲壮感に溢れていました。
その時の悲壮感は恐らく「自分は男と女の中間のタイプ」だと勝手に思っていたのに、神様から「あなたは女の子なのよ!」と女組に振り分けられてしまった事への悲壮感だったと思います。
今思えば小学生時代の私は、性格的に男っぽい面が多々あり、クラスで若干中性的なポジションにおりました。
そして時々「男の子の方がズボンで気楽で良いなぁ〜」「男の子の方が水泳の授業楽そうだなー」「男の子に生まれたかったなぁ〜」と男の子を羨む事がありました。
しかし、「性同一性障害」と思う程のとても強い違和感という程ではありませんでした。
心が元々男気溢れる強い性格だったのに対して、体が逆に女性的に発達していく事への若干の違和感・驚き程度という表現が一番しっくりきます。
(事前にそんな変化が起こるという事をきちんと理解・把握していた訳では無かったのも大きかったと思います。)
いずれにせよ「他の普通の女の子」とは、体の変化に対する捉え方は違ったのは事実でした。
思春期という事もあり、唯一セクシャリティーが少し揺らいだ時期でもありました。
この辺りからセクシャルマイノリティーへの階段を一歩ずつ上がっていたのかも知れません。
次は私の中学生時代の話をしたいと思います。